小説を読んで、と言われさらに、

カテゴリー: すみっこ

コメントも欲しい、直すところとか、的なことを言われると、まったく読めない。

だって直すかどうかはその人がどう考えてそこをそうしたかとか、あるいは求めている、あるいは理想的な文章とか、そういうことがあってのことで、俺はそういうことは分からないから、直せない。
だいたい、それは自分でやることだろう、それ自体が小説を書くことだろう…。

とはいえ、それによっていい作品ができればそれでいい。んだけれども、そういうふうにいい作品ができたからといって、その次もいい作品が作れるかな? まあそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

と、いろいろ考えて断りを入れたら、人のを読むのも訓練になるとは思いませんか? と返答が来てクラッと来た。斜め上過ぎる。

で、訓練ねぇと考えて、いや、俺はスクラップ&ビルドということは思うけれども、訓練ってことはあまり考えないと思った。だって、作品はひとつひとつが本番だもの。訓練する暇がない。あー、それ以外の時空は遊びにつかうしね。

というか、俺はこれっぽっちも売れてない小説家だけど、勝手に一人前だと思っているからな。見習いと思っていないというか、芸術に切磋琢磨はないというか、同人的な活動が大の苦手なのです…。
もちろん他人の作品からは刺激を受けるけどね。それは当たり前で。

あと、批評をすることと創作することは別だと思う。批評丸的なものを身につけることはプラスの側面もあるかもしれないけれども、あまり関係ないだろう。もしそれがあるというなら、すごい批評家は素晴らしい小説作品を描きまくらなければならない。
批評的な目を養ったり実践したりすることは多分ほとんど、創作と関係ないよ。

と考えて、まあほんとこの世の中は広いな、色々違う人がいるな、と思った。多分まったく違うような考えがあるだろう、上にかいたことについても。

ちなみにその人は複数の人にコメントを求めていた。すごくエネルギッシュ。不思議とそこは尊敬の念を感じる。

ま、公開しちゃえばいいのに、とも思うけれど、読んで欲しいなら。