夜の記

カテゴリー: すみっこ

痛いくらいのこのディスプレイの光。

真っ暗にした。目を閉じて打つ。何か出てくるだろうか。

物語をこの状態でかければ、何かインスピレーションで書いたことになるだろうか。

眠れずにいる。なぜか、頭が収まってくれない。

あるところに男がいた。男は、歩く。歩いてどこかへ向かう。そこには落とし穴があって、それを乗り越える。

どうでもいい。

物語を作れる状態ではないようだ。それなのに何かを書きたいという欲望だけはある。このドライブがいつか何か見つけてくれるのかな?

なんのシーンも思い浮かばない。きーぼーどのインジゲータをみているだけ

きっとまともな文章を撃てていない。人口の光が時折瞬くだけ。多分詩が書きたかった。純粋に言葉だけを記したかった。そういう欲望。そういうドライブ。物語でもなく、話でもなく、ただただ言葉。美しい言葉? 美しい必要もない。この夜をここに書き付けられればいい。僕らはいつだって、そうじゃないか?

今をここにかければいい。

今を書きたいという欲望。

それが詩人の基本的な欲じゃないのか? 写真家とそう変わらない。

自分にわき上がってきた何らかの感情、言葉の塊をここに、永遠の命を持ったものに変える作業。

物語を必要としない言葉の塊たち。物語によって構造化されることを、求めていない言葉たち。

この、物語による構造化を必要としない言葉、というのはちょっと面白い。ただただ書きたいということがある。その欲望はこうなっていたのか。

物語による構造化というのは、言葉にリアリティを与える術のようだ。それによって、自分の正当性を獲得する。それによって、まともなことを言ったような気がするし、自分がおかしな人間ではないという思いもある。そして人に伝わりやすくなる。読む理由を、与えることができる。

もう少し。

読んでもらわなくても、僕は自分の欲望さえ満たせればそれでいいと、いつもうそぶいている。僕の内的なドライブで動いている、そう言うためでもあるし、幾分かの真実が含まれてはいる。

それでも、言葉は発せられた以上、書かれたモノであっても、声に出されたモノであっても、誰かに届かなければ、存在しなかったと一緒だ。僕は言葉として何かを作る以上、言葉というものを使っている以上、それは誰かに届かなければならない。

言葉に限らない、音楽であれ、絵であれ、彫刻であれ、あるいは何らかのパフォーマンスであれ、誰かに届かなければならない。

届けたいかどうか、それはまああまり関係ないかもしれない。それは生まれた以上、どこかに、他人の脳みそに届かなければならないモノたちだ。そういう特性を持った存在だ。

その手段として、パッケージ化するということで、言葉を届けるには今までまあ色んなタイプのパッケージがある。学問や詩や小説、批評、エッセイ、そして恋文。

あー、こんなことどうでもいいんだよ、別にそんな話がしたい訳じゃないんだ。

届けることに惑わされてはいけないんだけれども、僕はパッケージ化するし、物語はパッケージ化するという以上のこともあって、物語自体を届けたいということも当然ある。言葉の積み重ねの上に、物語というレイヤーが現れる。創発する。

小説を書いているとき、物語以上の何かを感じながら書いている。物語以下、でもいい。なんというか、文章そのものだ。詩的な感覚だ。映画でいえば、一コマ一コマ、それらを届けたい。映画は最悪だけどあのシーンはグッと来た、そういうふうな感じでいいというか。

ただ、俺がそんなふうに書いてきたかというと、まあそれはそうでもないかもしれない。どちらかと言えば、物語そのものに仕えていた気がする。それがそのレイヤーから要求する言葉を紡いできた。

物語は時間に沿って展開する。絵とはそこが随分違う。絵には時間はない。

物語にある時間というのは、なんというか、人生や運命やそういったものと似ている。因果の連鎖。それが物語の中にある。

科学的な因果ではないけれども。

ああ、どうしてこんな話になっているんだ、回りくどい。

ただただ言葉を話したい、そういう欲について書きたい、その欲望そのものについて書く。
話したいと同じように書きたいということ。
それがあるということ。

眠いな。とても眠い。

言葉と物語、か。物語とは人生の何かだ。世界だ。世界そのものを俺は届けたいんだろうな。それと同じように言葉そのものも。

でもどうなんだろう。俺は本当に物語を届けたいのかな、ただただ書いていたいだけじゃないのかな。

どうなんだろう。もっと物語に淫してもいいんじゃないかな。あるいは逆に言葉に。物語が求める言葉ではない言葉に。

黒の背景の画面にしたら、目が少し楽になった。今、実は部屋は真っ暗だ。真夜中、丑三つ時?を過ぎている。丑三つ時が何時なのか知らないが、要するに三時二十分だ。僕は、普段一時前にはねている。眠れずにいる。

一言で言えば、今、僕は小説を書き始めようとしている。それも、いつもドライブしてくれる、特定のシーンというモノなしに。というかつまり、インスピレーションなしに。

いつもたいてい、インスピレーションがある。それに導かれるようにして書く。それ

いつもたいてい、インスピレーションがある。それに導かれるようにして書く。それ
が基本で、それがない以上、書いてこなかった。ある意味運任せだ。

で、今僕はインスピレーションを探しに行こうと思う。自分の中に。

そして今感じているのは、走ってくれる車はないけれどガソリンは溜まっているというような感じだ。早くこのガソリンを燃やして突っ走れる車を見つけないといけない。

実はでも、一つ、ある。それを軸に展開しようと思っている。が、なぜか燃えない。これは萌えない、でもいい。とにかく、燃え上がってくれない。何となく、それがいいと思い込もうとしているだけのような気もする。

きっとある種スランプなんだろうな。なぜかな。幸せだからかな?

マ、要するにどうしても使い切らなければいけないようなガソリンがくそのように余っていて僕は眠れないし、こうして駄文を記しているわけだ。

小説の周りに展開し、小説ができあがっていくように、僕は言葉を垂れ流すべきなのだが。

僕は今何をしたいのかな。