断片

カテゴリー: すみっこ

自分が変態的でも尖っているわけでもないこと、異様な芸術家やアブノーマルな作家ではないことは分かっている。

そうなるべきだとは考えていない。それほど不条理なことをかけないでいるから。

なるべきだ、というのはよくわからないな。それは憧れに近い。そういうことを書ける人への憧れはあるな。自分にないもの。自分は論理に侵されている気がするし、常識的すぎる。普通である。

随分前、小説を書き始めた頃、普通でなければいけないと思っていた。そうでなければ書けないと感じていた。なぜか分からない。世界を知らなすぎたからだと思う。

あるがままでいいとは言えない。口ごもる。エクスキューズにしか聞こえない。慰めの言葉に過ぎない。

何らかの方向への変化はあるべきで、またそれは既に自分に内包されているものばかりではいけないと思う。

自分に内包されている可能性を十全に発揮させることも正しい行き方の一つではあると思うけれども。それ自体ができないのなら、自分でないものにはなれない。

自分は普通であるという認識が強い。ごく普通だ。つまらないと言い換えていい。面白いものを生み出している気がしない。突飛な、真新しい文章を書いているとも思えない。

次の瞬間にはそうでもないという言葉も出る。結局、評価とは他者の言葉。俺には関係ないから揺らぐ。分かるのはどれくらいやってみたかくらいだ。何かを費やしたという事実。そういう点からなら自分の作品を評価するのはたやすい。客観的事実。すがりつく。

だがそれでも俺は突飛でも新しくもない。これは事実でいい。

自分が自分でありつつ、自分以外の何かに変わっていくこと。そしてそれが意識が選び取ったものではなく、運命的な何かによってであること。

運命ってことは出会いってことでいい。

だから、出会いに対して閉じてはいけない。出会いつつ、自分を育てていくこと。出会いは外側のものでコントロールできない。可能性を閉じることはできても。だから閉じないこと。

多分俺には詩がない。それがいけないのだろう。それから怒りも絶望も足りないのだろう。多分。そんな気がする。