ブログと小説の違い

カテゴリー: すみっこ

とてもおもしろいブログってあって、その人たちは小説を書かないのかな? 書いたらいいのにな、と誰かが考えていることがある。

で、おもしろいブロガーが小説を書くってどんなことか考えて、小説とブログの違いについて考えることに。

結論から言えば、ブロガーが書くとき、そこにはすでに一つのキャラクターが設定されていること。それは小説でいう一人称の語り手、つまり「僕」とか「私」だ。

小説はそこの構築から始まる。というか、出だしから一人称が可能だが、そのリアリティの構築は文中でする。(リアリティについて拘泥している小説であればだけど)

一方でブロガーの存在について人は基本的に疑わない。たとえば年齢詐称しているとか性別嘘ついているとか、サラリーマンと書いているがほんとは学生だろ? とかいう疑いは浮かんでも、書き手がボットだと考えるところまではまだいっていない。あくまでも誰かどこかで生きている個人がPCか携帯で書いているという前提がまだある。

小説は語り手の存在感みたいなものを少し出せないといけない。つまりその部分の構築から始まる。(これも小説によるけど)

それからブログは今あげたような、語り手の要素の提示をプロフィールでまかなえる。つまり語りそのものの外側に情報を埋め込める。これも小説ではできない。小説は誰が語っているか自体をどこかで語らなければいけない。そこが小説の一人称で面倒なこと。まあこんなこともこだわるかどうかだけど。あ、でも小説も著者紹介をしてるので実際には同じ構造か…、いや同じじゃないか、小説の方がもう一つカバーがあるということか。つまり以下のような感じで小説はちょっとめんどくさい。

  • 小説: <著者><語り手><コンテンツ /></語り手></著者>
  • ブログ: <著者=語り手><コンテンツ /></著者=語り手>

で、ブログを小説に移植するには、ブログが初めから手に入れている諸々の状況をわざわざ作り出して、そこにコンテンツを入れるような作業になりかねない。つまり一つ新たにパッケージ化しなければならない。

逆に、ブログは一人称から逃れられない。常に誰かが語っていることになる。三人称で書いたとしてもブロガーが裏にいる。小説の場合はそこが自由だ。作品ごとに全くゼロから語り手を作れる。もちろんその裏に作家はいるけど。でもだからこそ、小説は作家の死(http://bit.ly/fV33MA)を宣言できる(嘘でも)。ブロガーは決してブロガーの死を宣言できない。そんなことをすればコンテンツだけを放流することになる(=tumblr化する)

まあブログは共同執筆という形式で書き手を変えられる。それでもなかなか一人称を逃れられないだろう。三人称で書いても、それを書いている誰かがどうしても見えてくる。つまりより、個人に結びついているメディアと言える。

と書いてきたけれども、も一つ、小説になくてブログにある本質的なものは、やはり他者とつながり得るとこだな。つまり他のブログとリンクできる。そのリンクから人を呼べるし、話題になっている問題なんかも参照できる。それから誰かがコメントを残し、相互作用していっていろいろ作ったりする。等。つまりネットワークの特性そのもの。外部にひらかれているということ。

あとは、物理的に更新が可能かどうかということ。

でも今あげた二点は電子書籍になることで小説も持ちうる点ではある。今すぐは無理にしても、技術的には簡単に、引用したときに他の小説へのリンクとかは付与できる。著者とのコメントとかアップデートも。

そこまで行ったとき、小説とブログの違いは何かとなると、やはり著者と語り手の乖離というところだろう。それくらいしか今は思いつかないな。

だけどそんな違いは、たとえば音楽と小説、漫画と小説、映画と小説、といったようなメディア間の違いに比べればあってないようなもの。だから近い将来に溶けてなくなるかもしれない。

ということは今、おもしろいブログを書いている人たちは、きっと将来の小説家の位置になる。というかまあすでになっている。僕は35だが、これからはそういうウェブ上の人たちを、僕の世代やその前の世代くらいが持っていたような視線で眺めることになる。

話を少し戻すと、おもしろいブログはその人独自の世界観や語りがおもしろかったりするわけで、そういうブロガーに小説書けばいいという感想を持ちやすいのかもしれないとか思う。つまり、独立しているブロガーに対してそう思うということかもしれない。

でもなんで小説に移植しないといけないんだ? ってのあるよね、そんなこともう必要ない気がするのに。けど、多分それはブロガーに稼がせたいとかだったり、世の中へのプレゼンスのためだったりするし、あとは人にどうやって読ませるかということでもある。自分の好きなものは勧めたくなるけど、ブログだと高齢者とかネットやってない人とかにはちょっと敷居が高いし、モニターではまだ読みにくいしね。

逆に言えばそのあたりが変わればもう、小説にしたらいいのに?ということ自体が出てこなくなるかも。

ま、現時点でも小説にしたって売れるわけじゃないし、ブログの面白さがネットワーク的なことによって生み出されているなら、それは移植できない。だから逆説的だけど、ブログ的じゃないブログであるほど、移植は簡単なのかもしれないな。というかそれはもう小説として生まれるべきコンテンツだった、ということでもあるのかも。

ようわからんけれども、小説、ずいぶん変わってくような気がしてきたよ。