自分はなんで小説書いているのかなあ

カテゴリー: すみっこ

もちろん書くのが好きで楽しいからなんだけど。それ以外にはないんだけど。

何で楽しいのかな、と。表現すること、作ること、が楽しいのはそうなんだけど、多分俺は自分の作品を通して人生をつかんでいるのかな、世界をつかんでいるのかな、とかも思う。

評論のように自分の意見を言うことも嫌いじゃないんだけど、何だかむなしくてやりたくない。物語、詩的な言葉、イメージ、そういうものを作りたい。それは自分の意見だけでなく、様々なものからできている。意見というのはごく狭い感じがする。自分そのものではない。自分でも知らなかったような自分でできあがる。偶然やさまざまな取り返しの付かない選択によって。それが俺の小説だし、俺は自分で作った小説に導かれて色んなものを見ているというところはある。

一方で若い頃は特に、売れたらいいって思っていた。もちろん。売れた自分がどう暮らすかについて夢想するのも好きだった。名声と金。文学者として。芸術家のようなものとして。

でも実際にはそんなことはおきず、文学賞の一次・二次に残っても受賞することはなく、持ち込み的に送ってみても反応はなく。これくらい社会的・経済的に報われないこともない。

でもそのあたりの努力は足りないのかもしれないな。あ、才能が足りないのはもうしょうがないとしても。

といっても色んな人に読んでもらっていることもあって、反応はもらえるので、そこは救いかなと思う。人に感想を求めるなんて、正直俺自身は読書の感想をできるだけ漏らしたくないという人間なんで、フェアじゃないなと思っているけれども、実際に感想をもらえると嬉しいなと思う。ちょっと考える糧にもなるしね。

まあほんとこれを続けていて、どうなるんだろうと思う。

去年あたり、ちょうど今頃、ブクログとかで販売を開始して、多分今まで計5、6千円分くらいは買ってもらえた。凄くありがたかった。けれども、もしそれを時給で割ったら。一円は切らないだろうけれど、二円とか三円とか? まあそんなもんかな。逸失利益的に考えると凄いことになる。真っ当には仕事しないできたからね、小説書く時間が必要だからって。TwitterとかTumblrとかに溶かしてたけど。時間。

最近、好きってことは呪いのようなものだって思うようになってきた。好きなことがなければ、社会的・経済的な流れに乗りやすい。空気を読みやすい。例えば作品を書くことだって、俺は自分の書きたいものしか書けないから、売れるものを書くという選択肢がなくて、そういう方向に伸ばすことはできない。ライトノベルやらミステリーやら何やらが売れると言われても、頭で分かっていても、まったく興味を持てない。金は欲しいけれども、自分にとってどうでもいいことには手が出ない。やる気も一切起きない。そもそも頭が働かない。

そういう意味で自由でない。好きなこと、やりたいことをやるというのは自由ではない。それしかやれないって意味だ。それがなければ、もう少し緩ければ、いろんなことができたかもしれないから。

えっと、嘆いて見せたいわけでも、悲壮感を出したいわけでもなく、何となくそういう事実があるなってだけ。だって自分は悲愴な感じがないから。好きなことをやっていると、基本的に幸せだからね。金はないけれども。

だから好きなことがあるというのは、やりたいことをやるというのは、呪いでありつつ、幸せへの道でもあって、不思議だなって思う。

まあ金は欲しい。できれば小説で食いたい。でも時代の流れとかを見ていて、それはもうほんとにバブル前後に成り立った、幻の在り方なんだなって思いはある。もちろん今後もそうやって食える人はいるし、現在もいるけれど、数は少なくなるんだろう。そこに自分が入れるのかなって思いはどうしてもあるし、入れないといけないのかなって思いもあったりする。運と才能で左右されるなら、自分にはどうしようもないな、というか。うーん、ああそう、努力はこれからもするだろうけれど、成功しない確率は凄く高いな、というか。

ああそうだ、最初に書きたかったのは、これからも俺はかき続けるんだろうなぁ、というような感慨だった。こんなんなのに、誰に書いてと言われることもないのにね。書いてと言われたって書けないしさ。好きなものしか。逆に書くなと言われても書くけど。

どうも書かずにはいられないんだな。人生を見ないようにだろうか? 現実から眼をつむるようにか? 自分ではそうは思わないんだけれど、まあそういうところもあるのかもしれない。どうしても色々考えたり感じたりしたことを、その場で発散できず、静かに心の奥底に沈殿して、それが作品になって出てくる感じはあるから。

だからきっと十年後も、二十年後も、書いている。目に見える報いは得られなくても。

俺は欲の深い人間だから、不思議なんだよね。お金大好き、女も大好き、食べるのも寝るのも大好き、そういう人間だから、これほど報われないことを続けるなんてなって思う。

一方で昔からちょっと現世的なことには興味がなかったところはある。現世のこと大好きだけど、それ以上に何か、現実から離れた何か、への憧れみたいなものが、ある。まあ少し宗教的な気持ちなのかな。いきなり宗教なんて言葉おかしいかもだけど、何となく自分の活動で、聖なるものなのかもな、っていう。

ああ、聖なるものなのかな、呪いで在りつつ、聖なる活動。俺は聖職者かな。