村上龍「限りなく透明に近いブルー」

カテゴリー: すみっこ

は昔読んだ。昨日からちょっとずつ、また読んでいる。

村上龍は、昔好きで、よく読んだ。
希望の国のエクソダス以降は読んでいないけれど、小説を書き始めた頃、たくさん読んだ。中上健次もよく読んだ。

その頃から今までは、あまり読んでいない。

限りなく透明に近いブルーを読むと、村上龍のその他の作品はどれも、この作品から逃れるように書いている気がしてならない。どうしてもこれを超えられないというのが村上龍なのかもしれないし、処女作にして最高ですべてをふくんだのものを書いてしまったというのが運命であり、同時に彼にとっての呪いなのかもしれない。その他全部の作品が存在しなかったとしても、これは日本の小説の歴史に残ったはずだし、残ろうと残るまいととても素晴らしいという事実は消えない。

 

昔は多分憧れをもっていたと思うけれど、今の僕は、こういう風には書けないなと思っている。この小説にある無数の文章を、僕は生み出せないし、生み出さない。

体験をしていないからというのもあるし、僕は彼じゃないからというのもある。

 

僕はあまりどんな作品を書こうかと考えたりはしていなかった。遠い目標のようなものはなく、その時その時の僕の現在が、作品に出ればそれでいいと思っていた。

濡れ烏二度と戻らない、そして海辺のブドリを書いてから、それが少しずつ変わってきている気がする。犬の翼を書いたのがその萌芽かもしれない。

 

村上龍は、どこに行くかははっきりしていなかったかもしれないけれど、どこに行かないかははっきりしていたんだろう。限りなく透明に近いブルーではない場所が、彼の目指すところだったんだろう。

そんなふうに思った。