トライバルレース - 第二巻『予言』 第四話
第一章 交渉
四、東京 七月二十七日 午前四時三十分
ヒロトによる同時爆破テロの発生から二十六時間と三十分後、東の空がほんの少し明るくなってきた頃、東京は平静を取り戻しつつあった。
具体的には、直接の被災地をのぞいたほとんどの地域で電力のみならず、ガス・上下水道も回復し、ライフラインの大半は復旧へと向かっていた。依然として政府は機能していなかったから、地域住民の協力はもちろん、ライフラインを管理している自治体や電力会社の不眠不休の賜物だったと言える。もちろんいまだに電話は繋がらなかったし、ターミナル駅も破壊されたままだった。さまざまな通信も物理的な流通もまだまだ回復の兆しが見えなかった。だがそれでもテレビ(テロのニュースばかりだったが)も入り始め、新聞も一部で号外が配られるようになり、様々な機能が回復に向かっているのは事実だった。
数多くの犠牲者の収容や生き残った人々の救出なども進みつつあった。テロ直後はあまりにも多くの場所でビルが倒壊し、重要な道路が寸断されていたため、救出するための重機がそもそも立ち入れなかったり、あるいは数が足りなかったりしていた。だが一日以上経った今の時点では、東京近郊のあらゆる地域からレスキュー隊がどんどん集まっていたし、そればかりでなく建築用重機なども膨大な数が集まってきていた。
それによってまだ陽が昇らないこの時点でも、救出活動は粛々と進められていた。まずは人命、そしてインフラという順序で、傷跡を一気に治していく姿がそこここで見られた。それはまるで人体にできた傷に向かって白血球を筆頭として、血小板やその他の様々な治療部隊が道路という血管を通って集結するようにも見えた。後日、複数の国内外のメディアはこのことを、東京という中枢を修復することへの、日本人の決意が現れていた、と伝える。
が、この明け方は一日分の疲労がたまっていたからか、救出に関わっていない人々の大半は眠っていた。だから「重大通信設備破壊テロ」、あるいは「コミュニケーションブレイクダウン」、または単純に「ブレイクダウンテロ」が発生したことに気づいたのは、ごくわずかの当事者とプロバイダやデータセンターなどで夜勤シフトに就いていたネットワーク管理者、そして昼夜逆転の生活を送っている学生やニートたちだった。つまりネットに深く関わっている人間たちの一部が、突然 Google や Yahoo! Japan といった、すでにインフラとなっているウェブサービスに繋がらないことに気づいたのである。そして当然、mixi や Gree といった SNS、2ch やはてなといった掲示板やブログサービス、さらには Twitter などのミニブログにもまったく繋がらなくなった。またオンラインバンキングやオークション、オンラインショッピング、あるいは証券取引などの生活に深くリンクしているサービスも同じようにダウンしていた。
このような大規模障害は 1990 年代後半のインターネットの勃興以来、未曾有の規模のものだった。当然、日本国内の誰も想像していなかったし、それゆえ誰にもその全貌はつかめていなかったし、つかむための手立てもなかった。
ただし、発生から十五分も経った頃には多くのネットワーク管理者やネットワークに詳しいプログラマーたちはIXの障害を疑い、さらには海外への接続が軒並みダウンしていることも認識しつつあった。もっともハードウェアのレベルでの破壊が同時に複数の箇所で発生しているという、問題の実態まではまだ誰の頭にも浮かんではいなかったが。それはともかく、すぐにIXへと連絡を取ろうとしても繋がらないこと、そして一切のルーターと通信が行えないことに気づいている者もいた。これは連絡手段自体が、前日の首都圏同時爆破テロによってダメージを受けていたせいでもある。
ではそういった技術のある者、そしてネットに深く関わっている者だけにこのテロは影響したのか? もちろんそうではない。例えばこのテロ以前は地方のものは問題はなかったものの、首都圏に本社を置く大きなテレビや新聞ほど復旧の見込みが立ってなかったし、断片的な号外こそ発行していたが、平時のようなまとまった情報配信はなされていなかった。そのためネットに張り付いて情報収集している人間がかなり増えていた。つまり、この時点で唯一機能していた情報の経路はネットであり、それまでもが破壊されたのだ。
ビジネスの観点からはどうか? 簡単に言えばネット以前の世界に戻っただけでなく、ネットを業務システムの至る所で使い始めていた企業や自治体、政府の機能が一瞬にして停止したことになる。つまり 1990 年代以前に戻ったのではなく、それよりずっと前、まだ電話も広まっていない百年前のような環境にタイムスリップしたと言える。
もちろん警察や消防、自衛隊、そして自治体や政府および官僚組織、あるいはごく一部の大企業はいずれも専用線を持ち、インターネットにのみ依存していたわけではない。だが首都圏同時爆破テロにより、霞ヶ関が徹底的に破壊され、ある意味で中央集権的なシステム構成だった専用線の一部は機能しなくなっていた。つまり今挙げた警察庁や消防庁も破壊にさらされ、指揮命令系統が麻痺していたし、政府、官僚組織もすべて同様の状態だった。この時点で機能していたのは市ヶ谷にある自衛隊のみである。
つまり、インターネット網をズタズタにしたブレイクダウンテロは弱っていたところへの追い打ちの一撃となったと言える。そして結果的に、前日の首都圏同時爆破テロよりもさらに広範囲な影響を及ぼすことになる。
これが「重大通信設備破壊テロ」の簡単な説明になるが、異変に気づいた者の中にはすでに前日からある感覚、ある予感、ある不安を感じていた。それは日本という国家に大きな、非常に大きな危機が訪れているというものだ。その予感はおおよそ外れてはいなかった。が、それについてはもう少し後で述べることにして、このブレイクダウンテロの数時間前、IAA東京支部である飯田橋安高ビルから連れ去られた高原や藤井たちの状況を見てみよう。
トライバルレースの設定などについては、トライバルレース の世界について と 「トライバルレース」第一巻および第二巻のあらすじと新しく登場する人物 をご参照下さい。
また、まだ第一巻を読まれてない方は、ぜひ一度第一巻もお読み下さい。トライバルレース - 第一巻『発火』
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