トライバルレース - 第二巻『予言』 第十一話

第二章 要求

十一、ヒロト イスタンブル 七月二十六日 午後六時三十九分
日本時間 七月二十七日 午前零時三十九分

ブレイクダウンテロの約三時間半前、つまり修一が画像などをアップし始めたのと同じ頃、ヒロトは藤沢からイスタンブル上空に瞬現し、しばらくそこに浮いていた。

普段ならヒロトは自分名義の部屋に現れる。いつ飛行機や鳥と衝突するか分からないし、目撃される可能性もあるからだ。だから今、こうして瞬現先も曖昧なままイスタンブルに現れたのは、とてもおかしいとヒロトは思っていた。よっぽど感情的になったんだな、と少し笑ってみようとしたが、全然笑えないし、どうしてもレナを許せそうにない。自分の子を身籠もるチャンスだったのになぜこんなことになったのか。相手がタナトス*1やニュクス*2であればまだ許すこともできる。自分自身何度も交わってきたから。だが、よりによってカロン*3とは。考えるだけで腸(はらわた)が煮えくりかえる。

もちろんカロンの血を飲み、またトライすることもできる。だが、今まで一度も子ができなかった自分たちだ、もし今回生まれたら、それから何百年できなくとも不思議ではない。そうなったらエレボス*4たちが神と呼ぶあの忌まわしいモロスが、また生まれるかもしれない。背中に斜めに刻まれ、未だに癒える気配のないただ一つの傷が、じゅくじゅくと疼くように感じる。

そこでやっとヒロトは、あいつを殺すために子を作るつもりだったのか、と自分に問う。が、すぐにそんな面倒なことはやめる。自分自身に興味はない。ただ子供が欲しいだけだ。そして今はマフードという男を殺したい。それが自分を動かすドライブだし、それに従うのがサタンとして、父の言葉ではアイテールとしての、正しい生き方だ。

そうしてヒロトは、不意に父が近くに住んでいることを思い出した。それからヒロトを時に王と呼び、時にアイテールと呼んで育てた父・ドレ博士と何年会っていないだろうと考えながら、次の瞬間、本だらけの父の居間に、ヒロトは瞬現した。


*1 我々旧人のこと

*2 デーモンのこと

*3 ヴァーチュズのこと

*4 天使のこと


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